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誓海寺
かほく市内日角 真宗大谷派 醒井山誓海寺  

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B.寺 号
B.寺 号
慶安5年(1652年)に「誓海寺」と称することを許される。
誓海寺と称したのは、誓海寺のご本尊が河北潟から上がったものであり、
潟(海)に誓うことから誓海寺としたのである。

歴史は移って、慶長8年(1603年)徳川家康は江戸に幕府を開き、
元和元年(1615年)に豊臣家を滅ぼし、徳川時代に入って行く。
「誓海寺」が創建された当時はまだ寺号もない念仏道場であったと考えられる。
当時の組織は次のようなものであったといわれる。
本願寺⇒一家衆(蓮如の血縁者の寺。若松の本泉寺など)⇒大坊主(津幡の弘願寺、
木越の光徳寺、大田の受得寺、才田の崎田坊) ⇒末寺⇒道場
慶安5年(1652年)に寺号が許された。
その申物帳(申請書)が京都の大谷大学に残っている。
それは次の通り。
「寺号望(印)誓海寺と御免裕学」(裕学は当時の住職)
本願寺の出版物によれば、各地で寺号の取得が最も活発に行われたのは
17世紀中頃であり、ちょうどこの頃である。
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